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 臓器移植法改正案が、国会に提出される機運が高まってきましたが、97年の同法案成立の過程を顧みない一足飛びの議論が懸念されます。2月26日の朝日新聞(朝刊・東京版)に改正案に関する山本のコメントが載りましので、転載します。

 97年の臓器移植法案成立の過程については、1998年6月に出版した「議員立法」日本政治活性化への道(山本孝史著・第一書林)で詳しく述べられています。

臓器移植法案、「脳死は人の死」前提

死生観の議論、一足飛び
 自民党の脳死・生命倫理及び臓器移植調査会が25日まとめた臓器移植法改正案は「脳死は人の死」を前提としなければ成り立たない。しかし、日本はこの大きな課題に結論を出していない。同法成立まで7年余りの議論には、まだ温かい体を「死体」といえるかという感情論や宗教観もからんだ。臓器提供者が生前に承諾した時のみ、脳死者からの移植を認めた同法は、妥協の産物だった。
国会内に戸惑い広がる

 改正案は、生前に提供の意思表示がなくても家族の承諾だけで臓器提供できるだけでなく、身体に危険が及ぶ脳死判定を本人の意思表示や家族の承諾なしで可能とした。

 これは「脳死を人の死」と考えなければ成立しない論法だ。

 民主党の山本孝史参議院議員は97年4月、臓器移植法案を採決した衆院本会議でのことを、鮮明に覚えている。

 「脳死は人の死」であることを前提とする法案と、「脳死を人の死としない」という法案の採決が行われたときだ。当時の橋本龍太郎首相は、席で腕組みをしたまま、苦渋の表情を浮かべていた。最終的に、どちらの案にも投票しなかった。

 山本氏は、脳死移植にゴーサインを出した脳死臨調を受けて法案を作成した超党派国会議員による各党協議会のメンバーだった。脳死臨調の委員だった原秀男弁護士(故人)の言葉を今も忘れない。「脳死患者を見舞うとき、花束を持っていくのか、香典か」。

 「それだけ、難しい判断だった」と山本氏は振り返る。
 「何とかしてあげたい気持ちはあるが、移植の検証や情報公開は十分か、医療不信は払拭されたかなど課題は少なくない。あれだけ苦労して最善と決めた法律の根底を覆すのは・・・」

  そもそも、自民党の調査会で、提供者が拒否していなければ家族の同意だけで提供できるとの案が浮上したのは昨年7月だった。

父親の河野洋平衆院議員の生体肝移植で肝臓の一部を提供した河野太郎衆院議員が私案として示した。だが、一足飛びの内容に、調査会の中でも当初は賛同者は少なかった。

 その後、河野氏が、「低迷する臓器提供を増やすには家族の承諾のみでできる法改正が必要」と声を詰まらせながら訴える姿に「考えを変える議員も出てきたようだ」と、ある自民党議員はいう。

 25日の調査会。心臓移植を待つ女性(27)の姿がスクリーンに映し出され、一様に言葉を失っていた。だが、事前の連絡にもかかわらず、わずか十数人でのとりまとめだったという。

 だが、自民党のある幹部議員は「党内には医者もいれば、宗教関係者もいる。それぞれ死生観も異なり、そんな簡単な話ではない」と話す。

 調査会は今後、超党派の生命倫理研究議員連盟に改正案を有志で国会に提出したい考えだ。

 02年の内閣府世論調査で、本人の提供意思表示を臓器提供の条件とすべきだと答えたのは81.6%にのぼっている。

 脳死を人の死としない立場で、自ら小児科医の阿部知子・衆院議員(社民党)は、「前回のような時間をかけて審議されるのか疑問。イラクへの自衛隊派遣の審議をみていても数の暴力で通ってしまうのではないか」と懸念する。

 

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