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1月18日(日)号
◆ 憲法を創る時の必須条件
1月13日に開催された民主党大会での挨拶で菅代表は、「論憲から、創憲へと進みたい」と述べました。
私は、民主党憲法調査会のメンバーとして、プライバシー権や環境権、自己決定権などの「新しい人権」を憲法に追加することに関して検討したことがあります。「新しい人権」を巡る議論を振り返ると、憲法も時代を反映したものでなければならず、一字一句も変更してはならないものではないと思います。
しかしながら、現行憲法については、その誕生と同時に改正議論が始まり、相当の議論が積み重ねられてきました。そのことを考えると、これまでの議論の延長線上でのさらなる議論が必要なのであって、それらを顧みることなく、白紙に書くように、いきなり創憲という表現に、私は違和感を覚えます。
党大会後、次期衆院選出馬予定の新人候補者を対象とした第1回研修会が開かれました。参加者のリストを眺めていて、その若さに驚きました。ほとんどの人が30代です。これから国政に挑戦するのですから、若くて当然かもしれません。直木賞を19歳と20歳の女性が受賞しました。出版界の思惑も秘められているそうですが、あらゆる分野で、若い感性が求められているのは確かでしょう。
一方で、最近の選挙で「若さ」が大きな判断材料とされていることに、少しばかり危惧を感じます。国会が日本社会の縮図とすれば、現実の老若男女にわたる人口の構成とあまりにかけ離れた議員の構成で良いとは思えないのです。
30代の人たちは、1970年前後の生まれです。70年といえば、大阪万博が70年でした。彼らが小学生になって物心ついたのは80年前後。日本社会がバブル経済に浮かれ、その後の崩壊を味わった時代です。すなわち、現在30代の人たちは、日本経済が大きく発展した姿とその後の崩壊の姿しか知らないのです。
戦中、戦後の大変だった時代を体験していないことは幸せなのですが、そんな人たちの感性が、これからの日本をどのような方向に導いて行くのでしょうか。
若い者には(自分も含めて)、貧しい国々や、戦争で疲弊した地域に眼を向けて、かつての日本を追体験することが求められています。日本国憲法は、そのうえで論じられるべきではないでしょうか。
◆ 1票の格差「違憲」判決
1月14日、最高裁は、前回01年の参院選での1票の格差について、15人の裁判官のうち、6人が違憲、4人が「このまま次の選挙を行えば違憲の余地がある」との見解を示しました。
参議院の定数は、選挙区150人、比例区100人の合計250人でスタートし、沖縄返還に伴って選挙区の定数が2人増えて252人になり、格差是正のための8増8減(宮城、埼玉、神奈川、岐阜を増員し、北海道、兵庫、福岡を減員)や、定数削減(岡山、熊本、鹿児島の定数を4人から2人に)などの措置を講じてきた結果、現在は選挙区146人、比例区96人の、合計242人が定数となっていますが、いまだ格差是正が不十分との判断です。
議員一人当たりの有権者数が一番少ない鳥取県(定数2人)と、最大の東京都(定数8人)の格差(当時は5.06倍。現在は5.13倍)を是正しようとするならば、東京都の定数を2人増やすことが考えられます(参議院は3年ごとに半数改選のため、定数変更は偶数で行います)。しかしながら、総定数を増やさないとすれば、どこかを減らす必要があります。
比例区で2人減らすことが考えられますが、選挙区と比例区のウエイト付けが選挙制度発足時から変らずに来ていることを考慮する必要があります。定数2人の鳥取を、例えば、お隣で、同じく定数2人の島根と併せて1選挙区として定数2人とすることも考えられますが、選挙区議員は都道府県単位での代表選出との意味合いを考えると問題でしょう。1人区を作ることも考えられますが、6年に一度しか選挙ができないことになり、これも問題です。
2人区(定数4)を1人区(定数2)とすることも考えられます。現在、2人区で一票あたりの有権者数が一番少ないのは栃木です。しかし、東京を増やして栃木を減らしても、最少の鳥取と、千葉、大阪、神奈川、北海道、兵庫、福岡との間で4倍を超える格差が残ります。4倍を超える状態を解消しようとすれば、福岡を除く上記の選挙区で増員し、2人区での減員を栃木だけではなく、群馬、福島、岐阜、長野、宮城でも行えば、鳥取と福岡との間で4.079倍の格差まで縮まります。
しかしながら、このような変更は、平成6年に行った8増8減の対象となった選挙区の定数を再度見直すことになりますし、人口の少ない選挙区の方が定数の多い「逆転現象」が生じます。まさに抜本的な改正がなければ格差是正は実現しません。
7月の参議院選挙が近づいてくる中で、すでに候補者も決定され活動しています。難題です。
◆ 日経「交遊抄」と亡兄の50回忌
日経新聞の朝刊最終面に掲載されている「交遊抄」への執筆を依頼され、人生の師である玉井義臣氏について書かせていただきました(13日掲載)。
文中でも触れた、交通事故のため小学校2年生で夭折した亡兄の50回忌の法要を18日に営みました。父母を始めとして、遺された家族それぞれの人生に大きな影響を与えた兄の死が、50年経った今も、昨日のことのように想い出されます。
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