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11月24日(月)号
総選挙から2週間。実に慌しい日々でした。この間の主な動きを報告します。
◆ 民主党幹事長に就任しました
延期されていた参議院民主党の役員人事。若干の紆余曲折があって、私が参議院民主党の幹事長に選出されるという、意外な展開となりました。
国会議員となって10年。政策は一生懸命にやってきましたが、党務の経験は乏しいのでと固辞したのですが、「それだから良いのだ」という妙な理由で、藁科会長、今泉国対委員長とベテラン陣が支えてくださるとの言葉を頼りに、お引き受けしました。
「自民党の青木幹事長と対決ですね」と声を掛けてくださる方もおられますが、格が違います。それに、他党との関係も重要ですが、若い民主党です。社会党・民社党・さきがけ・保守系と、異なる政治経験を持つ議員の皆さんを、ひとつにまとめていくことが何より大切。民主党に新しい政治文化を作り出すことが私の仕事と受け止めています。
幹事長としての最初の仕事は、参議院で民主党に割り当てられている委員長の人選と、議員の皆さんに党役員への就任をお願いすることでした。
衆議院だと、1期の新人から10期を超える長老議員まで幅広くおられるのですが、参議院では、1期からせいぜい3期までです。要は、1期、2期、3期の「表と裏」の6グループしか存在しません。
しかも、参議院は衆議院と違って、半数ごとの改選となります。来年は、通常国会の閉会と同時に参議院選挙となるため、改選組みにとって、国会での活動と選挙関連の活動日程が重なることが多くなります。そこで、改選組みは党の役職にはつけないこと、委員長など選挙時の肩書きに配慮することを念頭に役員等の人選を進めました。また、若手を活用すること、合流した自由党議員の配置にも心を砕きました。議員の皆さんがこちらの無理を聞いてくださり、スムーズに人選が進みました。
その後は、参議院民主党の新役員との会合、党本部での、菅代表、岡田幹事長などとの会合が続いています。元気ですが、少し体重が減りました。
◆ 年金改革PTの座長を続けます
これまでに民主党の年金改革案を取りまとめてきた経緯があるので、民主党の年金改革プロジェクトの座長を引き続き務めることにしました。
対する自民党では、年金調査会長の津島雄二代議士が、税制調査会長に就任されたため、年金調査会長は空席となっています。なかなか引き受け手がいないそうです。このままでは、年末までに公明党との調整を経て年金改革案をまとめなければいけないのに、「年内のとりまとめは困難」で、女性の年金やパートタイマーへの適用拡大などの課題は手付かずになるとの声がもっぱらです。
基礎年金国庫負担の2分の1への引き上げの時期と財源、給付水準と保険料の上限などの中心的な課題についても、与党間協議に加えて、財務省や経済産業省、さらには経済財政諮問会議や財政審と、厚労省側との意見の隔たりが大きく、その調整が難題です。小泉総理は、もめるだけもめさせておいて、鶴の一声を発するタイミングを見ているのでしょうか。
なお、超党派で年金改革を協議する場を院内に設けることについて、月刊誌で自らも提言された菅代表らに、その進め方についての検討を求めています。
◆ 江本参議院議員、大阪府知事選に
選挙明けの11日、大阪の記者さんから「先生と違うことは判っていますが、大阪府知事選に立候補される民主党の参議院議員って、誰ですか?」と聞かれて、ビックリ。
やがて江本参議院議員と判明。参議院幹事長として本人からもお話をお聞きし、すでに民主党の大阪府会議員団が一致して太田知事の再選を支持していることを伝えました。太田知事の「無党派で」との姿勢や、大阪府議団の動きが江本議員に伝わっていなかったのではないかと思われることなどがあって、両者とも立候補することになりそうです。
22日に開かれた大阪府連の常任幹事会で大阪府議団から、太田府政をきっちりと点数をつけて評価した経緯や、太田知事は官僚出身ではあるが、いまやその様な経歴に関係なく、中央官庁に対して鋭く迫っておられること、民主党が進めている政策を積極的に府政に採用しておられることなどが報告され、全会一致で太田知事を推薦するとの決定に至りました。
◆ 地元での行事
15日、大阪市から、国家予算に関する要望説明会。前回選挙以降、大阪市内には民主党の代議士がいませんでしたが、総選挙で大阪市内から3名の代議士が誕生。積極的に質問されていました。
私は、「国際集客都市」という目標を掲げている大阪市ですが、これからの街づくりの理念や、その具体策を今一度検討する必要があると感じています。モノや情報のやり取りが中心だった大阪経済が地盤沈下するのは当然です。名古屋はトヨタでもつ、東京は首都でもつ。ならば、大阪は? 16日からは大阪市長選挙が始まっています。
23日には、母校である大阪市立集英小学校130周年記念の集いに出席。3・4年の担任だった藤井先生に再会。こんなに小柄な先生だったかなと思いつつ(自分も子供だった)、45年の年月を超えて、昔話が弾みました。
会場の中央公会堂の前を大学女子駅伝の選手が疾走。母校の立命館大学が初優勝。万歳!
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